南アルプス南部

聖岳・兎岳・赤石岳・荒川岳・悪沢岳・千枚岳

兎岳から聖岳を望む


【行程】 7/17(金)曇り[青葉IC1:30=(東名)=静岡IC3:20=畑薙第一ダム6:25/9:00=(リムジンバス)=聖登山口9:42−聖沢吊橋11:10−乗越13:10−聖平小屋15:16(泊り)]
7/18(土)
快晴のちガス[聖平小屋5:12−聖岳7:23−兎岳9:13−中盛丸山10:43/11:05−百間洞12:16−百間平13:23−赤石岳避難小屋15:15(泊り)赤石岳往復]
7/19(日)
快晴のちガス[赤石岳避難小屋5:30−小赤石岳6:01−荒川小屋7:18−小地平8:41−荒川前岳8:45−小地平8:50−荒川中岳9:07−鞍部10:10−荒川東岳(悪沢岳)10:25/11:45−千枚岳12:41−千枚小屋13:12(泊り)]
7/20(月)
曇りのち晴れ[千枚小屋5:28−蕨段6:40−小石下7:49−椹島8:53/10:30=(リムジンバス)=畑薙第一ダム11:15=赤石温泉11:45/13:00=清水IC15:22=青葉IC18:30]
【メンバー】 隊長、シェルパ1号、シェルパ2号、林道の鴉天狗

○遂にミ〜ハ〜登山隊に南アルプス南部への挑戦の機会が訪れました。思えば昨年の8月に結成以来、幾多の山々を征服してきた登山隊ですが、今回はいきなり南ア南部の核心部分とは感無量です。とはいえ小屋泊り2食付を基本とする軽量カモシカ(お手軽?)山行です。南ア南部の山小屋の状況もこの1、2年で大きく変化しました。北アに登った中高年登山者が南アを目指すようになり、それに伴って山小屋も充実しつつあるといいます。そこにこれ幸いと尻馬に乗る隊長のタイムリーな企画です。

○夜中に最終電車で「たまプラーザ駅」に集合した我々は、(うん、シェルパ2号がいない=渋谷で飲んでいて乗り遅れる馬鹿者め)一路、大井川源頭の畑薙第一ダムを目指すのでした。ダムサイトには既に10台ほど駐車しているがスペースは十分あります。ここでMMLの石川さんと遭遇、お互いワッペンをザックと帽子につけているので認知が簡単です、ただ隊長は遭遇初体験でどぎまぎしてしまう。(まったくー)9時発のリムジンバスは3台来たが、1台に収まる、連休前日にしては人出は少ないかな。ようやく出発かと思いきや、ギリギリに着いてトイレに駆け込み皆を待たす不届きオバサンの出現に一同唖然。

○聖登山口で降りたのは我々ともうひとパーティのみ、静かな山歩きが始まります。道は良く踏まれているが、最近は下草を刈っていないので昨夜の雨で濡れた草が少々うるさい。途中ガレ場もあるが変化に富んだアプローチで楽しませてくれました。昼食の時にいきなりシェルパ1号に不幸の兆しが!常念岳のお守りの紐がプッツリ。う〜ん、不吉な、一同顔面蒼白です。この先何もなければ良いのですが、先を案じる隊長でした。

○聖平小屋は東に開けた明るいロケーションにあります。今夜の宿泊は20名ほどでゆったりとしたスペースで寝られました。飲食、喫煙は旧小屋でとのこと、千枚小屋の火事以来の処置だそうで山小屋での楽しみは半減するがやむをえないでしょう。食事はハンバーグですがオカズは少ない、まあ南アではしょうがないか、随分と物分かりの良い隊長です。

○朝食は4時半と早いので、5時には出発できると思っていましたが、食事のあとで「お弁当はできていますか?」と聞くと、「そんなもん、昨日中に頼んどかなきゃだめだよ」と冷たい返事。「え〜っ、昨日そこのお兄さんに頼みましたよ、お金も払いました」ということで、必死の弁当作りのため出発は10分ほど遅れました。危ない、危ない、もう少しで弁当無しとなるところでした。

○小屋の前からは笊ガ岳から昇るご来光がバッチリ、本日の晴天を告げています。今日は百間洞までの予定を変更して赤石岳まで足を伸ばすこととします。朝のすがすがしい中、聖岳への登りは快調そのものです。足下には一面のお花畑が広がり、振り向けば上河内岳、茶臼岳、光岳の峰々が黒々と聳えています。聖岳に着くと眼前に赤石岳がものすごい存在感で迫ってきます、さすが南アの盟主だなあ。しかし、本当にあそこまで行くのでしょうか?遙かなたに避難小屋が米粒のごとく見えています。

○聖岳から兎岳への縦走路は、聖の大崩れのガレの縁を通る道が崩れ、ハイマツの中の歩きにくい新しい道を通ります。(これが伏線となる)下って行くと尾根上に明瞭な道が見えるので、なんとなくそこを通るものと思い込んでいました。途中、尾根の北側を巻く道があるはずだが分岐を見落としてしまいました。やせ尾根上のハイマツの中をあまり良く踏まれていない歩きにくい道が続きますが、ピークに出ると突然前方に道が無くなります。しまった間違えた、しかし戻ると時間をロスするし、良く探すとここから下へはヤブの中をかすかな踏み跡が細々と続いています。しゃあない、ここを降りて本道に出よう。(これが大間違い)道はあるにはあるが、急降下のなか、木の枝を払い、根っこにつかまりながら転げ落ちるようにずるずると滑りながらようやく下の道にたどりつきました。……むむ、疲れた。
反省=ちゃんとした道に戻ったほうが、安全で時間と体力の節約になりました。
しかし隊長いわく「黎明期の南ア登山の気分が味わえて良かった」
鴉天狗いわく「地図の赤線が増えてうれしい」


小兎岳から赤石岳
○兎岳に着くと百間洞からの登山者が休んでいる。挨拶を交わすが、「渓流釣りですか?」と聞かれました??お願だからアマチュア無線のアンテナを釣竿と間違えないで欲しいね。ここからは聖岳と赤石岳が一望のもとに眺められる、しかしまだ半分も来ていないと思わずため息が出ます。百間洞への急降下は岩のゴロゴロした歩きにくい道です。あと少しというところで下から「○○さーん」と呼ぶ声が。おお!両手を振って叫んでいるのは石川さんじゃありませんか。隊長も「石川さーん」と応え再開を喜びます。MMLの人と山の中で会えて、感激です。お互いの山行の無事を祈りつつ別れます。

○赤石岳の登りはタフでした、疲れた身体に鞭うって最後のザレ場をジグザグに登るとようやく稜線に出ます。ここでほぼ避難小屋と同じ標高です、やったー、ここまでくればもうあと少しです。小屋にはテレビ静岡のスタッフが10名いるので少々窮屈ですが全部で25名ほどの宿泊客です。緊張の1日が終わり、思わず深酒し、夜中に高山病(ものすごい頭痛)に苦しむ馬鹿な隊長でした。(昨年の農鳥小屋の教訓が生かされていない)

赤石岳の御来光
○翌朝はご来光を拝みにガスの山頂へ、そこには真白な中で辛抱強くテレビカメラをセットして待つスタッフの姿がありました。山頂は我々と静テレ4名のみです。するとどうでしょうか、今までなにも見えなかった視界が徐々に晴れ、雲海の中から荒川岳が笠雲を伴って現れました。ここも同じです、笠雲さえとれればと、思わず天に祈りを捧げる隊長です。日の出が近づくとともにガスは薄くなり、ついに日の出を迎えました。神々しいまでのご来光でした。本当に良かった、テレビスタッフと喜びを分かち合う登山隊でした。おまけに大きなブロッケン現象まで見られ、本当に素晴らしい体験でした。(7月24日(金)日本テレビ系ズームイン!朝!で放映)
赤石岳下りから荒川岳と悪沢岳

○さて本日はHML海の日ON AIR です。この日のために隊長はアマチュア無線の5エレ八木アンテナを担ぎ上げたのでした。(いい根性している=自画自賛)果たして北アルプスと交信できるのでしょうか、お互い出力の弱いハンディ機です。せめてアンテナだけはと頑張りました、白馬隊も8エレ八木を持参するという情報もあります、うまく繋がることを夢見つつ悪沢岳の登りをつめます。山頂に着くと塩見岳がガスのなかから現われ我々を迎えてくれました。早速アンテナの組み立てにはいります、ストックに取り付け、周囲の奇異な視線を感じつつ、頭の上に差し上げました。おお、メインチャンネルでHML各局を呼ぶ白馬隊の力強い声が、こちらも応答します。サブチャンネルにQSYして荘司さん石原さんと交信する、白馬は大混雑らしい。次に穂高隊の高橋さんともコンタクトできました。白馬とか穂高、ジャンダルムとかの単語が周囲の興味を引き若干恥ずかしかった隊長でしたが、今回の無線隊の企画は大成功でした。(穂高〜悪沢100キロ、白馬〜悪沢150キロ、OH ワンダフル)

悪沢岳にて
○千枚小屋は混んでいました。中高年の方のうち体力のない大人数の団体さんが悪沢岳のピストンをしています。この分では来年には増築しないとピーク時はオーバーフローしてしまうでしょう。食事は非常においしかった、東海フォレストの努力は認めましょう。椹島までの道はうっそうとした樹林帯の中の長い下りです。夏にここを登るのは風が通らず暑いでしょうね。コースタイムより随分早く降りたのに我々を追い抜いていった高齢のパーティがありましたが、椹島には陰も形もありませんでした、(オー、ミステリアス)隊長は未だに信じられません。椹島ロッジには生ビールがあります。ジョッキをあげて乾杯という時に突然臨時バスの出発が告げられましたが、もう宴会モードになった登山隊を誰も止めることは出来ません、定時のバスまで一休みです。あ〜あ、満ち足りた山行でした。

○ 最後に小屋泊りのマナー違反が目に付いたのでまとめて文句をいいます。
・ 聖平小屋で朝2時に目覚ましを鳴らした阿呆、人の迷惑考えなさい。
・ 赤石岳避難小屋に6時半についた間抜け、小屋の番人にお説教されていましたが、翌日も遅立ちで無理な行程、全然反省してないじゃないか。
・ 同じく赤石岳避難小屋でひとの枕元で夜中にひそひそ話ししていたけしからんカップルさん、「ねえ寝られないの…」当たり前でしょう、昼寝をしていたら。
・ 千枚小屋で3時に起きて準備していたオジサンたち、寝る前に「明日は早いので申し訳ない」この挨拶はさすがに年の功かと思ったが、今日のコースの相談を大きな声で始めるなよ。隊長にも忍耐の限度というものがある、「うるさいよ!」と一喝させてもらいました。

P.S.
帰りに立ち寄った赤石温泉(畑薙第一ダムと第二ダムの間)白樺荘は入浴無料で食事、酒の料金も安い。もっとも設備は古くシャワーは1台だけでしたが。山帰りの登山者のほか、近隣からの入湯客で溢れていました。

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